自筆証書遺言のトラブル:無効と言われやすい5つの例と防ぎ方
この記事のもくじ
自筆証書遺言のトラブルで多いのは、①押印がない・日付が「吉日」など方式の不備、②本当に本人が書いたのかという筆跡の争い、③書いた時に判断能力があったかという争い、④財産や言葉があいまいで読み方が割れる争い、⑤遺言が複数ある・検認前に開封したといった扱いをめぐる争い、の5つです。どれも、自筆証書遺言が「1人で、誰の確認も受けずに書ける」ことの裏返しです。書く側は、方式の点検、財産の特定、保管の方法の選び方で多くを防げます。相続人の側で遺言の有効性を争う段階になったら、それは個別の法律問題なので、相続の争いを扱う弁護士に相談します。
自筆証書遺言のトラブル5つの早見表
まず全体を一覧にします。根拠の条文と、書く側の防ぎ方を並べています。
| 争いの種類 | 何が問題になるか | 主な根拠 | 書く側の防ぎ方 |
|---|---|---|---|
| ①方式の不備 | 押印なし・日付が特定できない・目録の署名押印漏れ・訂正の方式違反 | 民法968条 | 点検表で確かめる。法務局の外形的な確認を受ける |
| ②筆跡・偽造の疑い | 本人が書いたものか | 民法968条(自書)・891条5号 | 法務局に預け、書き換えの余地をなくす |
| ③遺言能力 | 書いた時に判断能力があったか | 民法963条・3条の2 | 元気なうちに書く。心配があれば公正証書遺言 |
| ④内容のあいまいさ | どの財産を、誰に、どういう意味で | ― | 登記・口座どおりに特定し、「相続させる」「遺贈する」と書く |
| ⑤複数の遺言・開封 | どれが新しいか、差し替えの疑い | 民法1023条・1004条・1005条 | 日付を年月日で書き、古いものは破棄。保管の方法を決めて伝える |
- 書く時:方式の不備(①)、判断能力(③)、言葉のあいまいさ(④)
- 保管中:紛失・書き換え・隠される(②)、古い遺言が残る(⑤)
- 亡くなった後:開封・検認の扱い(⑤)、内容への不満(遺留分)
1. 押印がない・日付が吉日:方式の不備
自筆証書遺言は、全文・日付・氏名を自書し、印を押すことが要件です(民法968条1項)。どれかが欠けると方式を欠くことになります。よくあるのは、押印がない、日付が「吉日」で日が特定できない、本文の一部をパソコンで打った、財産目録に署名・押印がない、訂正の方式に従っていない、夫婦が1枚に連名で書いた(975条の共同遺言の禁止)、の6つです。方式ごとの条文と点検表は自筆証書遺言の要件に任せ、ここでは争いの形を見ます。
押印については、2026年6月に成立した改正(令和8年法律第45号)で任意にする予定ですが、施行は公布から1年以内の政令で定める日で、2026年10月時点では施行前です。しかも押印が不要になるのは施行日以後にする遺言からと説明されており、施行前に押印なしで書いた遺言は方式を欠くおそれがあります。今書く遺言には押印が要ると考えてください。要件の細かい点は自筆証書遺言の要件で確かめられます。
2. 本人が書いたのか:筆跡と偽造の疑い
自筆証書遺言は誰の立会いもなく書けるので、亡くなった後に「親の字ではない」「誰かが書かせた」と疑われることがあります。遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した相続人は、相続人となることができない(相続欠格)と民法891条5号は定めていて、偽造の疑いは相続人の資格にまで関わる深刻な争いになりえます。
ここで知っておきたいのは、家庭裁判所の検認では筆跡の真偽は判断されないことです。裁判所の説明でも、検認は遺言書の状態を明らかにして偽造・変造を防ぐ手続きで、有効・無効を判断するものではないとされています。
書く側の防ぎ方は、書いた後に第三者が手を入れられない状態にすることです。法務局の保管制度に預けると、原本は法務局で保管され画像データでも管理されるので、預けた後の書き換えや隠匿を防げます。申請は本人が身分証明書を持って出向くため、本人が預けたことの記録にもなります。ただし、法務省は保管した遺言書の有効性を保証しておらず、「本人が書いた」ことまで法務局が確かめるわけではありません。
3. 書いた時に判断能力があったか:認知症と遺言能力
遺言者は、遺言をする時にその能力を持っていなければなりません(民法963条)。また、意思表示をした時に意思能力がなかった法律行為は無効とされます(民法3条の2)。認知症の診断を受けた後に書かれた遺言は、「書いた時に内容を理解できていたか」をめぐって争われやすくなります。診断があるだけで遺言能力がないと決まるわけではなく、判断は個別の事情によります。成年後見を受けている人(成年被後見人)が遺言をするには、判断力を一時回復した時に医師2人以上が立ち会い、遺言する時に判断力を欠く状態になかったと遺言書に付記する決まりもあります(民法973条)。
書く側にできることは次のとおりです。
- 判断能力に不安が出る前に書く。内容の見直しも早めにする
- 書いた時期の様子が分かる記録(通院の記録など)を残しておく
- 能力を問われそうなら、公証人が本人から内容を聞き取る公正証書遺言を選ぶ(日本公証人連合会は、公証人が遺言能力なども慎重に確かめると説明しています)
法務局の保管制度は形式を外から確かめるだけで、遺言能力は確かめません。この点は公正証書遺言の作り方と比べて選びます。
4. どの財産を誰に:内容があいまいで読み方が割れる
方式が整っていても、内容があいまいだと相続人の間で読み方が割れます。
あいまいな例:「家は長男に任せる」「預金は皆で仲よく分けること」 特定した例:「別紙目録1記載の土地及び建物を、長男〇〇〇〇(昭和〇年〇月〇日生)に相続させる」
「任せる」は、所有権を渡すのか、管理だけを頼むのかが文面から決まりません。「家」も、土地を含むのか、隣の駐車場はどうか、と争点が増えます。不動産は登記事項証明書の地番・家屋番号どおりに、預金は銀行・支店・口座番号まで書き、相続人には「相続させる」または「遺贈する」、相続人以外には「遺贈する」と書くのが法務省の案内です。書き漏れた財産の行き先も決めておきます。
言葉の選び方で読み方が割れやすい例と、直し方を並べます。
| あいまいな書き方 | 何が決まらないか | 直し方 |
|---|---|---|
| 家は長男に任せる | 所有権を渡すのか、管理だけ頼むのか | 「〇〇の土地及び建物を長男〇〇〇〇に相続させる」 |
| 預金は皆で仲よく分けること | 誰がいくらずつか | 「各2分の1の割合で相続させる」と割合か口座ごとに書く |
| 世話をしてくれた〇〇さんに多めに | 「多め」がいくらか、相続人か否か | 相続人でなければ「遺贈する」と財産と額を書く |
| 長男に全財産を譲る | 「譲る」は相続か遺贈かが読み手次第 | 「一切の財産を長男〇〇〇〇に相続させる」 |
また、内容が明確でも、兄弟姉妹以外の相続人には遺留分があり、取り分が少なくされた人は受け取った人に金銭を請求できます(民法1046条)。これは遺言が無効になる話ではありませんが、遺言をめぐる争いの大きな原因です。遺言書があっても遺留分は請求されるかで備え方を確かめておくと、内容の段階で争いの芽を減らせます。
5. 遺言が2通ある・開封してしまった:扱いをめぐる争い
遺言が複数見つかり、内容が食い違うときは、後の遺言で前の遺言の食い違う部分を撤回したものとみなされます(民法1023条)。日付が特定されていないと、どちらが新しいか自体が争点になります。書き直したら古い遺言は破棄し、日付を年月日で書くことが防ぎ方です。古い遺言を破棄した場合、故意に破棄した部分は撤回したものとみなされます(民法1024条)。破棄したつもりでも、コピーや法務局保管の原本が残っていれば、そちらが別の遺言として見つかることがあるので、書き直したときは保管の場所をすべて確かめます。
もう1つは開封です。封のある遺言書は、家庭裁判所で相続人などの立会いのもとでしか開けられず(民法1004条3項)、家庭裁判所の外で開けた人は5万円以下の過料の対象です(1005条)。ただ、開封したことだけを理由に遺言を無効とする規定は民法にありません。問題は、開けた人が「中身を差し替えた」と疑われることです。
書く側は、遺言の保管場所と、見つけたら開けずに家庭裁判所に出すことを家族に伝えておきます。法務局に預ければ、検認そのものが要らなくなり(遺言書保管法11条)、開封の問題も起きません。方式ごとに何が有効で何が無効になりうるかの全体は、遺言書の効力:書いて意味があること・ないことで整理しています。
よくある質問
Q. 印鑑が押されていない自筆証書遺言は、それだけで無効ですか?
今の民法968条1項は押印を要件にしているので、押印のない遺言は要件を満たさず、有効とは扱われないおそれが大きくなります。2026年の改正で押印は任意になる予定ですが、施行前に書かれた遺言は従前の例によるとされています。手元の遺言が有効かどうかの判断は個別の事情によるので、弁護士に相談します。
Q. 遺言書の筆跡が親の字ではない気がします。どこに相談すればよいですか?
遺言が本人の書いたものかどうかは、家庭裁判所の検認では判断されず、相続人どうしの話し合いや裁判の手続きで争われることになります。個別の事件として争う段階なので、相続の争いを扱う弁護士が相談先です。相談の前に、遺言書の写しや、本人が書いた手紙・日記など比べられる筆跡の資料を集めておきます。
Q. 自筆証書遺言のトラブルを避けるには、公正証書遺言にするしかありませんか?
自筆証書遺言でも、方式を点検し、財産と受け取る人を特定して書き、法務局の保管制度に預ければ、紛失・書き換え・方式の見落としのリスクは減らせます。判断能力を後で問われそうな場合や、相続人の一部に多く残す場合は、公証人が関わる公正証書遺言のほうが争いの芽を減らしやすくなります。
出典・参考にした公的な情報
- 民法 第3条の2・第891条・第963条・第968条・第973条・第975条・第1004条・第1005条・第1023条・第1024条・第1046条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 法務局における遺言書の保管等に関する法律 第11条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 自筆証書遺言書保管制度(制度の概要)(法務省)
- 遺言書の様式等についての注意事項(法務省)
- 遺言書の検認(裁判所)(最高裁判所)
- 民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)の概要(法務省)
- 遺言(公正証書遺言の特徴)(日本公証人連合会)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。