特別受益とは:相続で兄弟が生前贈与を受けていた時の持ち戻し
この記事のもくじ
相続で兄弟の一人が親から生前贈与を受けていた場合、その贈与は特別受益として遺産に足し戻し(持ち戻し)、そのうえで各人の相続分を計算する仕組みが民法903条にあります。対象は、遺言による贈与(遺贈)と、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本としての贈与です。ただし親が「足し戻さなくてよい」という意思を示していればそれに従い(持ち戻し免除)、相続開始から10年を過ぎた後の遺産分割では、原則として主張できなくなります(民法904条の3)。
特別受益と持ち戻し:生前贈与を遺産に足して計算する
持ち戻しは、生前にもらった分を相続の前渡しと見て、兄弟の間の不公平をならす考え方です。民法903条1項は、相続開始時の財産に特別受益の贈与の額を加えたものを相続財産とみなし、贈与を受けた人の相続分からその贈与の額を引く、と定めています。
数字で見てみます(筆者の計算。相続人は子2人だけ、遺言なし、兄への贈与が特別受益に当たる前提)。
| 手順 | 計算 | 結果 |
|---|---|---|
| ①亡くなった時の遺産 | — | 4,000万円 |
| ②兄が受けた生前贈与 | — | 1,000万円 |
| ③みなし相続財産 | 4,000万円+1,000万円 | 5,000万円 |
| ④法定相続分で分ける | 5,000万円×1/2 | 各2,500万円 |
| ⑤兄の取得分 | 2,500万円−1,000万円 | 1,500万円 |
| ⑥弟の取得分 | — | 2,500万円 |
検算すると、兄1,500万円+弟2,500万円=4,000万円で、実際の遺産と一致します。持ち戻しをしないと各2,000万円ずつになり、兄は生前の1,000万円と合わせて3,000万円、弟は2,000万円です。持ち戻しは、この差をならすための計算です。
贈与が相続分以上だった場合、その人は遺産から受け取れませんが、もらいすぎの分を返す仕組みにはなっていません(民法903条2項)。たとえば遺産1,000万円・兄への贈与3,000万円なら、みなし相続財産4,000万円の半分2,000万円が各人の相続分で、兄は遺産から0、弟は遺産の1,000万円を受け取ります(筆者の計算)。弟の取り分がさらに足りないと感じる場合は、遺留分の問題として別に検討することになります。
なお、贈与の額は、相続開始の時の状態で評価します。贈与を受けた人がもらった家を売ったり壊したりしていても、元の状態のままあるものとして値段を決めます(民法904条)。
どんな生前贈与が特別受益になるか:3つの類型と確かめる材料
民法903条1項が挙げる特別受益は、次の3つです。
- 遺贈(遺言で財産を受け取ったもの)
- 婚姻または養子縁組のための贈与
- 生計の資本としての贈与
生前贈与で争いになりやすいのは2と3です。民法903条1項は「共同相続人の中に」これらを受けた者がいるときと書いているので、特別受益の出発点は相続人への贈与です。相続人でない人(たとえば兄の配偶者)への贈与が同じ扱いになるかは条文からは読み取れず、事情による判断になります。ただ、ある援助がこれに当たるかは、額や目的、家族のほかの子との釣り合いなどの事情で判断され、条文に金額の線はありません。話し合いの前に、援助1件ずつについて次の点を書き出しておくと、何が論点かがはっきりします。
| 項目 | 書き出すこと | 資料の例 |
|---|---|---|
| 何を | 現金・不動産・車・学費・事業資金など | 通帳、登記事項証明書、契約書 |
| いつ | 年月日(10年の区切りにも関わる) | 振込記録、贈与契約書の日付 |
| いくら | 金額、不動産なら当時と今の状態 | 振込記録、固定資産評価証明書 |
| 何のために | 結婚・住宅購入・開業など | 結婚・購入の時期が分かる資料 |
| ほかの子は | 同じような援助を受けたか | 家族の記憶、記録 |
| 贈与か貸付か | 返済の約束や返済の記録があるか | 借用書、返済の振込 |
生前贈与で相続トラブルになる例:兄弟への説明と遺留分の考え方では、親の側から見た説明の残し方を扱っています。相続が始まった後の兄弟の立場では、まず上の表で事実をそろえることが、感情的な言い合いを避ける近道です。
持ち戻し免除:親が「足し戻さなくてよい」と決めていた場合
民法903条3項は、被相続人が持ち戻しと異なる意思を示したときは、その意思に従うと定めています。これを持ち戻し免除といいます。遺言に「長男への住宅資金の贈与は、相続分の計算に含めない」といった書き方があれば、その意思に従って計算します。
もう1つ、法律が意思を推定する場面があります。婚姻期間が20年以上の夫婦の一方が、もう一方に住む家やその敷地を遺贈・贈与したときは、持ち戻し免除の意思を示したものと推定されます(民法903条4項)。この規定は2019年(令和元年)7月1日の施行で、施行日前にされた遺贈・贈与には使われません。
| 場面 | 持ち戻しの扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 親が遺言などで免除の意思を示した | 意思に従う(足し戻さない) | 民法903条3項 |
| 婚姻20年以上の配偶者への自宅の遺贈・贈与 | 免除の意思があったと推定 | 民法903条4項 |
| 何も意思が示されていない | 足し戻して計算 | 民法903条1項 |
持ち戻しを免除しても、ほかの相続人の遺留分まで消えるわけではありません。遺留分の計算では、相続人への贈与は相続開始前10年間の、婚姻・養子縁組・生計の資本としての贈与が算入されます(民法1044条3項)。遺留分を請求するときの弁護士費用の考え方は遺留分の弁護士費用:着手金と報酬金の考え方で扱っています。
相続開始から10年で主張できなくなる:期限と経過措置
遺産分割そのものには期限がなく、相続人はいつでも協議で分けられます(民法907条1項)。しかし、相続開始から10年を過ぎた後にする遺産分割には、特別受益と寄与分の規定が原則として使われず、法定相続分(遺言で決めた相続分)で分けることになります(民法904条の3)。
例外は2つです。10年がたつ前に相続人が家庭裁判所に遺産分割を請求したとき、そして10年の満了前6か月以内に請求できないやむを得ない事由があり、その事由がなくなってから6か月以内に請求したときです。この規定は2023年4月1日に施行され、それより前に始まった相続にも当てはまります。ただし経過措置により、10年を過ぎる時と施行から5年がたつ時のどちらか遅い時までに請求すれば例外に当たるので、古い相続でも2028年(令和10年)3月31日までは家庭裁判所への請求で主張の機会を残せます(施行日に5年を足した筆者の計算)。
| 「10年」 | 何の期間か | 根拠 |
|---|---|---|
| 相続開始から10年 | 遺産分割で特別受益を主張できる区切り | 民法904条の3 |
| 相続開始前10年 | 相続人への贈与を遺留分の計算に入れる範囲 | 民法1044条3項 |
| 相続開始前7年(段階的に延長) | 相続税で生前贈与を相続財産に足す期間 | 相続税法(国税庁 No.4161) |
相続税の加算は、相続開始が2026年12月31日までなら3年以内の贈与で、2027年1月1日以後から段階的に延びて最長7年になると国税庁は説明しています。民法の特別受益とは別の制度なので、相続税の計算は生前贈与の加算期間:3年から7年へ、相続開始日ごとの早見表で確かめてください。
話し合いで決まらなければ、家庭裁判所の遺産分割調停(被相続人1人につき収入印紙1,200円と郵便切手)の中で、特別受益を含めて話し合うことになります。一方、自分の側が親の介護などで貢献してきた場合は、特別受益と逆向きの調整である遺産分割で介護の寄与分は認められる?要件と特別の寄与の違いも合わせて読んでおくと、主張の全体像がそろいます。
よくある質問
Q. 兄が親から受けた援助が特別受益に当たるかは、誰が決めるのですか?
まず相続人どうしの遺産分割協議で話し合い、まとまらなければ家庭裁判所の遺産分割の調停・審判の中で判断されます。民法903条は「婚姻・養子縁組のため」「生計の資本として」の贈与と遺贈を挙げていますが、個別の援助がそれに当たるかは事情によるので、資料をそろえて弁護士に見通しを聞くのが確かめ方です。
Q. 生前贈与の証拠が通帳の振込記録しかありません。それでも主張できますか?
主張すること自体はできます。振込の日付・金額・振込先が分かる記録は、贈与があったことを示す資料の1つになります。ただ、振込が贈与だったのか、貸したお金や立て替えの返済だったのかで評価が変わるので、振込の前後の事情(家の購入時期、結婚の時期など)を一緒に整理しておきます。
Q. 相続税の「生前贈与の加算」と特別受益は同じものですか?
別の制度です。特別受益は民法の遺産分割で相続人どうしの取り分を調整する仕組みで、生前贈与の加算は相続税の計算で一定期間内の贈与を相続財産に足す税金の仕組みです。期間の数え方も対象も違うので、税金の話は国税庁の案内や税理士で確かめます。
出典・参考にした公的な情報
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。