限定承認で家を残すには?先買権のしくみと鑑定費用の考え方
限定承認で家を残すには、家庭裁判所が選んだ鑑定人に家を評価してもらい、その評価額を相続人が払って競売を止める方法を使います(民法932条ただし書)。一般に「先買権」と呼ばれる仕組みです。限定承認の清算では、借金を払うために財産を売るときは競売が原則ですが、評価額を払えば家を手元に残せます。ただし、評価額を払うお金の用意、相続人全員の一致、抵当権の有無など、事前に確かめることがいくつもあります。
限定承認で家を残すには:鑑定人の評価額を払って競売を止める
Q. 親に借金があるが、実家は残したい。限定承認なら家を残せるのか。
A. 残す道はあります。限定承認は、相続で受け取った財産の限度でだけ借金を払う方法です(922条)。清算の段階で、借金の支払いのために財産を売る必要があれば、限定承認者は競売にかけなければなりません(932条本文)。ここで932条ただし書が、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、財産の全部または一部の価額を払えば競売を止められる、と定めています。
つまり、家を競売で他人に売る代わりに、家の評価額に当たるお金を相続人が出して、そのお金を債権者への支払いに回すという形です。値段を決めるのは相続人ではなく、家庭裁判所が選んだ鑑定人です。相続人が自分に都合のよい安い値段で家を引き取ることはできません。
債権者の側も評価に関われます。相続債権者と受遺者は、自分の費用で競売や鑑定に参加できます(933条)。評価額が低すぎると考える債権者が鑑定に立ち会う可能性があることも、知っておくとよい点です。
| 家の扱い | 誰が値段を決めるか | 家はどうなるか |
|---|---|---|
| 競売(932条本文) | 入札の結果 | 買受人のものになる |
| 先買権(932条ただし書) | 家庭裁判所が選んだ鑑定人の評価 | 相続人が評価額を払い、手元に残る |
| 限定承認をせず相続放棄 | — | 相続人ではなくなり、家も引き継がない |
限定承認そのものの仕組みは限定承認とは?借金がどれだけあるか分からない時の選択肢で説明しています。
家を残すまでの流れ:申述から評価額の支払いまで
先買権は、限定承認の清算の途中で使う手続きです。全体の流れの中のどこに入るかを順番に示します。
- 3か月以内に相続人全員で申述する。 自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続財産の目録をつけて、亡くなった人(被相続人)の最後の住所地の家庭裁判所に申述します(915条・923条・924条)。費用は収入印紙800円分と郵便切手です。
- 受理後、清算の担い手が決まる。 相続人が1人ならその人が限定承認者として、数人なら家庭裁判所が相続人の中から選ぶ相続財産の清算人が、清算を進めます(936条、家事事件手続法201条3項)。
- 官報公告と個別の催告をする。 受理から5日以内(清算人なら選任から10日以内)に、2か月以上の期間を定めて請求の申出を求める公告をし、知れている債権者には個別に催告します(927条・936条3項)。この期間が終わるまでは、債権者への支払いを拒めます(928条)。
- 鑑定人の選任を申し立てる。 家を残すために評価額を払うには、家庭裁判所に鑑定人を選んでもらいます。この審判は、限定承認の申述を受理した家庭裁判所が扱います(家事事件手続法201条2項)。
- 鑑定の結果を受けて評価額を払う。 鑑定人の評価に従って家の価額を払い、競売を止めます(932条ただし書)。
- 集めたお金で債権者に支払う。 申出をした債権者と知れている債権者に、債権額の割合で支払います(929条)。抵当権など優先権のある債権者の権利は害せません(同条ただし書)。
日程の組み方と、公告の期限の数え方は限定承認の手続き:申述・官報公告・清算までのスケジュールで詳しく扱っています。
- 3か月以内:相続人全員で申述(目録を添える)
- 受理:相続人が数人なら清算人が選ばれる
- 5日以内(清算人は10日以内):官報公告、知れている債権者へ催告
- 2か月以上の申出期間
- 鑑定人の選任を受理した家庭裁判所に申し立てる
- 評価額を払って競売を止める → 債権者へ割合で支払い
鑑定費用と、用意するお金の考え方
家を残すときに必要なお金は、①鑑定にかかる費用と、②家の評価額そのもの、の2つです。どちらも鑑定の前には確定しないので、目安を持って資金の計画を立てます。
鑑定の費用は家庭裁判所に聞く。 鑑定人の選任の申立てに必要な費用と、鑑定の費用として準備するお金の見込みは、限定承認を受理した家庭裁判所に問い合わせて確かめます。裁判所の限定承認の手続案内に書かれている実費は収入印紙800円分と郵便切手だけで、鑑定の費用はそこに含まれていません。
評価額の目安は公的な数字で立てる。 値段を決めるのは家庭裁判所が選んだ鑑定人で、相続人が事前にできるのは、公的な数字で目安をつかむところまでです。
| 目安の材料 | どこで見るか | 使い方の注意 |
|---|---|---|
| 固定資産税評価額 | 毎年届く固定資産税の納税通知書の課税明細、市区町村の評価証明書 | 税金を計算するための評価で、取引の値段とは別 |
| 路線価 | 国税庁の路線価図 | 土地の相続税の評価に使う数字で、建物は含まない |
| 不動産会社の査定 | 複数の会社に依頼 | 売れると見込む値段の意見で、鑑定人の評価ではない |
評価額を払うお金の出どころを決めておく。 評価額は、相続人が自分の預金から出すか、借りるなどして用意します。相続人が複数いるなら、誰がいくら出し、家を誰の名義にするかを先に話し合っておかないと、清算が終わった後に家の扱いでもめる原因になります。家を残した後の名義の変更(相続登記)には期限があるので、相続登記の義務化:期限3年と過料も確認してください。
税金も資金計画に入れる。 限定承認による相続は、時価で資産を譲渡したものとみなされます(所得税法59条1項1号)。家が亡くなった人の購入時より値上がりしていれば、亡くなった人の所得税がかかりうるので、評価額とは別にこの税金の見通しを税理士に聞いておきます。限定承認全体の費用と税金は限定承認のデメリット:手間・費用・みなし譲渡の税金で比べています。
家を残せない・難しくなる場面
次のどれかに当てはまると、先買権で家を残すことが難しくなります。申述の前に一つずつ確かめてください。
- 相続人の1人でも限定承認に反対している。 限定承認は全員が共同してでなければできません(923条)。反対する人が家庭裁判所で相続放棄をすれば、その人を除いた全員で申述できます(裁判所の家事事件Q&A)。
- 評価額を払うお金を用意できない。 払えなければ競売で売ることになります(932条本文)。
- 家に抵当権がついている。 抵当権を持つ債権者は優先して支払いを受ける立場にあります(929条ただし書)。住宅ローンが残っている家は、抵当権の扱いを含めて弁護士に確かめます。
- 財産を隠した・勝手に使った・わざと目録に書かなかった相続人がいる。 限定承認の後でも単純承認をしたものとみなされ(921条3号)、その人は財産で払いきれなかった借金を相続分に応じて請求されうる立場になります(937条)。
- 3か月を過ぎた。 期間内に限定承認も放棄もしなければ単純承認とみなされます(921条2号)。調査が間に合わないときは、期間内に家庭裁判所へ期間の伸長を申し立てます。
家を残したい気持ちが強いと、相続放棄か限定承認かの判断が家の事情に引っ張られがちです。借金の総額が明らかに家の価値を上回る場合、評価額を払って家を残しても、その分のお金は債権者への支払いに消えます。家を残すことにどれだけの費用を出せるかという視点で、相続放棄・単純承認とも比べてください。選び方の全体は親の借金は相続する?相続放棄の前に借金を調べる方法と払う義務の考え方にまとめています。
限定承認の申述書の作成は司法書士に、清算での債権者との調整や代理は弁護士に頼めます。家の評価は鑑定人、みなし譲渡の申告は税理士の仕事です。複数の専門家が関わる手続きなので、最初に相談する人に「家を残したい」という目的をはっきり伝え、どこまで対応できるかを確かめてから依頼してください。
よくある質問
Q. 先買権で払うお金は、相続人が自分で用意するのですか?
評価額は、家の代わりに相続財産に入れて債権者への支払いに回すお金です。相続人が自分の預金から出すか、借りるなどして用意することになります。いくら必要かは鑑定の結果で決まるので、資金の当てがあるかを申述の前に家族で確かめておきます。
Q. 家の評価額を、固定資産税の評価額で済ませることはできますか?
932条は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従うと定めています。固定資産税評価額や路線価は、相続人が見通しを立てるための目安にはなりますが、評価額の代わりにはなりません。目安と鑑定の結果が離れることもある前提で、資金の計画を立ててください。
Q. 住宅ローンが残っている家でも先買権は使えますか?
家に抵当権がついている場合、抵当権を持つ債権者は優先して支払いを受ける立場にあります(民法929条ただし書)。評価額を払う手続きと抵当権の扱いがどう組み合わさるかは事案ごとに変わるため、申述の前に弁護士に、登記事項証明書と借入れの契約書を見せて確かめてください。
出典・参考にした公的な情報
- 民法 第921条・第922条・第923条・第926条〜第935条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 家事事件手続法 第201条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 所得税法 第59条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 相続の限定承認の申述(裁判所)
- 財産評価基準書 路線価図・評価倍率表(国税庁)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。