相続人が認知症の場合の相続税の申告:誰が申告し特例はどうなるか
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相続人に認知症の人がいても、相続税の申告の決まりそのものは変わりません。本人に判断能力がない場合は、成年後見人が本人に代わって申告書を出します。後見人がいない間も、ほかの相続人の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)は延びないので、ほかの相続人は自分の分を期限内に出します。遺言がなく遺産を分けられないときは法定相続分で申告し、配偶者の税額の軽減や小規模宅地等の特例は、分割した後に受け直す流れになります。認知症の相続人が障害者控除の対象になるかは、要介護認定ではなく、障害者手帳や市町村長等の認定などで決まります。
誰が申告するか:認知症の相続人の分は法定代理人が出す
相続税の申告書は、相続や遺贈で財産を取得した一人ひとりに提出の義務があります(相続税法27条)。相続人が複数いれば共同で1通にまとめて出すこともできますが、それは「できる」で、義務ではありません。つまり、認知症の相続人の分と、ほかの相続人の分は、分けて考えられます。
本人に判断能力がない状態で、家族が本人の名前で署名して申告書を出すことはしません。本人の財産について本人を代表できるのは、家庭裁判所が選んだ成年後見人です(民法859条1項)。立場ごとの違いは次のとおりです。
| 認知症の相続人の状況 | 申告書を出す人 | 注意 |
|---|---|---|
| 判断能力が保たれている | 本人(家族が書類集めを手伝う) | 協議や署名の意味を理解できるかは、行為ごとに判断される(民法3条の2) |
| 成年後見人がいる | 成年後見人が本人に代わって出す | 後見人の登記事項証明書で権限を示す |
| 任意後見が始まっている | 任意後見人 | 契約で定めた代理権の範囲に税務の手続きが入っているかを、契約書(代理権目録)で見る |
| 保佐・補助を受けている | 原則は本人。代理権が与えられた範囲は保佐人・補助人 | 審判書で代理権の範囲を見る |
| 判断できないのに後見人がいない | まだ出せる人がいない | 家庭裁判所に後見開始を申し立てる |
申告期限の起算点にも、通常と違う扱いがあります。国税庁の相続税法基本通達27-4は、相続の開始を知ることのできる弁識能力がない「幼児等」について、法定代理人が相続の開始を知った日(相続開始の時に法定代理人がいなければ後見人が選任された日)を「知った日」とする取扱いを示しています。認知症の相続人の分の期限をこの取扱いで数えるかは、提出先の税務署(亡くなった人の住所地の所轄税務署)か税理士に、事情を説明して確かめてください。ほかの相続人の期限は、それぞれが知った日から数えるので、後見の手続きを待つ理由にはなりません。
10か月に後見が間に合わないとき:遺言の有無で分かれる
遺産をどう分けるかで、使える特例が変わります。認知症の相続人がいると遺産分割協議が止まりやすいので、先に遺言の有無で道筋を分けます。
遺言で取得する人が決まっている財産は、協議がいりません。配偶者の税額の軽減も、申告書に遺言書の写しを添付して受けられます(国税庁 No.4158)。この場合、認知症の相続人の分の申告をどうするかだけが残ります。
遺言がない場合は、後見人が選ばれてから協議するので、時間との勝負になります。最高裁判所の概況(令和7年)では、後見等の申立てから終わるまでが2か月以内だった事件は約71.1%、4か月以内で約93.8%でした。書類集めや診断書の準備の期間も加わるため、亡くなってから数か月たって申し立てると、協議まで10か月に収まらないことがあります。
- 亡くなった日:相続人の確認、財産の洗い出しを始める
- 1〜2か月目:後見開始の申立ての準備(診断書・本人情報シート・戸籍・財産の資料)と申立て
- 申立てから2か月以内に約71.1%が終わる(令和7年の概況)→ 後見人が選ばれる
- 後見人と遺産分割協議(子が後見人で相続人も兼ねるなら特別代理人の選任を挟む)
- 10か月目:協議がまとまっていれば分割どおりに申告。まとまっていなければ法定相続分で申告し、「申告期限後3年以内の分割見込書」を付ける
- 分割後:配偶者の軽減は分割が成立した日の翌日から4か月以内に更正の請求(特例を受け直す)
協議がまとまらないまま期限を迎えると、法定相続分で分けたものとして申告・納税します。このとき、配偶者の税額の軽減と小規模宅地等の特例は使えません(国税庁 No.4208)。原則として申告期限から3年以内に分割すれば、修正申告や更正の請求で後から適用できます。配偶者の軽減を後から受けるには、期限内の申告書に分割見込書を付けておくことが前提です(No.4158)。未分割で申告する具体的な手順と計算例は、遺産分割未了での相続税の申告にまとめています。
協議では次の2点がつまずきやすいところです。
- 子が後見人で、自分も相続人の場合:本人と後見人の利益がぶつかるため、家庭裁判所に特別代理人の選任を請求します(民法860条・826条。後見監督人がいれば監督人が本人を代表)。流れは成年後見人と遺産分割:特別代理人で説明しています。
- 小規模宅地等の特例を選ぶとき:特例の対象になる宅地等を取得した人が複数いれば、どの土地に特例を使うかの選択に全員の同意が要ります(No.4124)。認知症の相続人も取得者なら、その同意は後見人が本人に代わってします。
障害者控除は使えるか:要介護認定だけでは足りない
認知症の相続人がいると、相続税の障害者控除を受けられることがあります。障害者である法定相続人の相続税額から、85歳になるまでの年数(1年未満は切り上げ)×10万円、特別障害者なら×20万円を差し引く制度です(相続税法19条の4、国税庁 No.4167)。受けられるのは、次の3つにすべて当てはまる人です。
- 財産を取得したときに日本国内に住所がある(一部の例外を除く)
- 財産を取得したときに障害者である
- 法定相続人である(相続放棄をした人は、放棄がなかったものとした場合の相続人)
認知症の人がどの区分に当たるかは、国税庁のQ&Aに示された範囲で見ます。
| 当てはまる場合 | 区分 |
|---|---|
| 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある人 | 特別障害者 |
| 精神障害者保健福祉手帳に障害等級1〜3級と記載 | 1級は特別障害者、2・3級は一般障害者 |
| 65歳以上で、障害の程度が1行目の人・知的障害者・身体障害者に準ずるとして市町村長等の認定を受けている | 特別障害者に準ずる認定なら特別障害者、それ以外は一般障害者 |
いちばん誤解が多いのは要介護認定です。国税庁は所得税のタックスアンサー「市町村長等の障害者認定と介護保険法の要介護認定について」で、介護保険法の要介護認定を受けただけでは障害者控除の対象にならず、市町村長等の障害者認定を受けた場合などに対象になると明記しています。相続税の障害者の範囲は、国税庁のQ&Aが根拠にする相続税法施行令4条の4で決まっています。障害者手帳がない場合は、住んでいる市区町村に障害者控除の対象者の認定を申請できるかを問い合わせてください。
表の1行目の言い回しは、民法7条の後見開始の要件と同じ言葉です。成年後見を受けている人がこの区分に当たるかを含め、申告前に税務署か税理士に資料を見せて判断を受けます。
控除額の目安を、筆者の計算で示します(いずれも85歳までの年数に1年未満の切り上げをした例)。
| 財産を取得した時の年齢 | 85歳までの年数 | 一般障害者 | 特別障害者 |
|---|---|---|---|
| 78歳3か月 | 6年9か月→7年 | 70万円 | 140万円 |
| 80歳0か月 | 5年 | 50万円 | 100万円 |
| 84歳6か月 | 6か月→1年 | 10万円 | 20万円 |
| 85歳以上 | — | 対象外 | 対象外 |
検算:7年×10万円=70万円、7年×20万円=140万円。本人の相続税額から引ききれない分は、その人の扶養義務者(配偶者や子など)の相続税額から差し引けます。前の相続で障害者控除を受けたことがあると、控除額が制限されることがあります。
判定の時点は「財産を取得したとき」です。所得税では、認定を受けられる程度の障害があり、申告時に認定を申請中なら前年分にも障害者控除を適用してよいとする国税庁の質疑応答事例があります。相続税で同じ考え方をとれるかは、認定の申請をした段階で税務署に相談します。
亡くなった親が認知症だった場合の準確定申告
亡くなった人に所得の申告が必要なときは、相続人が準確定申告をします。1月1日から亡くなった日までの所得を、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に申告・納税します(国税庁 No.2022)。相続人が2人以上なら連署で1通出すのが原則で、ほかの相続人の氏名を付記して各人が別々に出すこともできます(その場合は、出した人がほかの相続人に内容を通知します)。相続人の中に認知症の人がいれば、その人の分の署名は成年後見人がするか、ほかの相続人が別々に出す方法を選びます。
亡くなった親が成年後見を受けていた場合も、準確定申告を出すのは相続人です。後見は本人の死亡で終わり、後見人が亡くなった後にできる事務は、財産の保存に必要な行為、期限の来た債務の支払い、家庭裁判所の許可を得て行う火葬や埋葬の契約などに限られています(民法873条の2)。後見人は、亡くなってから2か月以内に管理の計算をし(民法870条)、財産を相続人に引き継ぎます。後見人が作った財産目録や収支の記録は、準確定申告と相続税の申告の資料になるので、引継ぎのときに受け取っておきます。後見人の死後事務の範囲は本人が亡くなった後の成年後見人:死後事務で説明しています。
税理士に頼む前にそろえる資料
認知症の相続人がいる申告は、後見の手続き・遺産分割・特例の期限が重なるので、相続税がかかる見込みなら税理士に早めに相談する価値があります。相続税がかかるかの一次判定は相続税の基礎控除で先に確かめてください。相談の前に、次をそろえておくと話が早く進みます。
- 後見開始の審判書と登記事項証明書(任意後見なら契約書の写し)
- 遺言書の写し(あれば)、相続人がわかる戸籍
- 財産と債務の一覧、葬式費用の領収書
- 認知症の相続人の障害者手帳、市町村長等の障害者認定書、要介護認定の通知
- 亡くなった人が後見を受けていた場合は、後見人の財産目録と収支の記録
税理士紹介のサービスを使うときは、紹介先が登録された税理士かを日本税理士会連合会の「税理士情報検索サイト」で確かめ、後見人や特別代理人がかかわる申告の経験があるかを聞きます。選び方の観点は相続に強い税理士の選び方にあります。後見の制度そのものと2026年に成立した改正の予定は、成年後見とは?2026年改正の予定で確かめられます。
よくある質問
Q. 認知症の母の代わりに、子が母の名前で相続税の申告書に署名して出してもいいですか?
代わりに署名する権限がなければ、してはいけません。本人に代わって申告書を出せるのは、成年後見人など法定代理人の立場にある人です。後見人が決まるまでの間は、ほかの相続人が自分の分の申告を期限内に出し、母の分は後見人が選ばれてから出す、という分け方を税務署や税理士と相談します。
Q. 要介護認定を受けている親なら、相続税の障害者控除は使えますか?
要介護認定を受けているだけでは対象になりません。国税庁は、65歳以上で障害の程度が一定の人に準ずるとして市町村長等の認定を受けた場合などに障害者控除の対象になると説明しています。障害者手帳がなければ、住んでいる市区町村に障害者控除の対象者の認定を申請できるかを問い合わせます。85歳以上の人は、そもそも相続税の障害者控除の対象外です。
Q. 後見人をつける前に申告期限の10か月が来てしまったら、配偶者の税額の軽減は受けられなくなりますか?
期限内に「申告期限後3年以内の分割見込書」を付けて法定相続分で申告しておけば、3年以内に遺産を分けた後に受けられる道が残ります。分割が成立した日の翌日から4か月以内に更正の請求をします。見込書を付けずに期限を過ぎると後から受けにくくなるので、申告書を出す段階で税理士か税務署に確かめます。
出典・参考にした公的な情報
- 相続税法 第19条の2・第19条の4・第27条・第32条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 相続税法基本通達 第27条関係 27-4「相続の開始があったことを知った日」の意義(国税庁)
- No.4167 障害者の税額控除(国税庁)
- 障害者の税額控除の対象となる人の範囲(No.4167 Q&A)(国税庁)
- タックスアンサー 市町村長等の障害者認定と介護保険法の要介護認定について(所得税)(国税庁)
- 質疑応答事例 福祉事務所長の認定を受けていない認知症の高齢者に係る障害者控除の適用(所得税)(国税庁)
- No.4158 配偶者の税額の軽減(国税庁)
- No.4208 相続財産が分割されていないときの申告(国税庁)
- No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)(国税庁)
- No.4205 相続税の申告と納税(国税庁)
- No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)(国税庁)
- 民法 第3条の2・第7条・第859条・第860条・第870条・第873条の2(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 成年後見関係事件の概況 令和7年1月〜12月(最高裁判所事務総局家庭局)(最高裁判所)
- 成年後見人等の死後事務(裁判所)(最高裁判所)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。