遺言書と違う遺産分割はできる?全員の合意と遺産分割協議書の併用
遺言書と違う遺産分割は、相続人全員(相続人以外の受遺者がいればその人も)が合意すれば、遺産分割協議で決められる場合があります。民法は共同相続人がいつでも協議で遺産を分けられると定めており、遺言で分割が禁じられている場合を除いています(民法907条1項)。一方で、遺言で分割が禁じられている、遺言執行者がいる、相続人でない人や団体への遺贈がある、といった場面では、合意だけでは進められなかったり、別の手当てが要ったりします。この記事では、その分かれ道と、遺言書と遺産分割協議書を併用する形を整理します。
遺言書と違う遺産分割ができる条件
遺言と違う分け方を検討するときは、次の4点を順に確かめます。どれか一つでも当てはまらなければ、遺言の内容に沿って手続きを進めるのが基本です。
- 相続人全員が合意しているか:一人でも反対すれば、遺言の内容が優先します。連絡の取れない相続人がいる場合も、合意はそろいません。
- 遺言で分割が禁じられていないか:遺言者は、相続開始から5年を超えない期間で遺産の分割を禁じることができます(民法908条1項)。禁止の期間中は協議で分けられません。
- 相続人以外の受遺者がいないか:特定の財産を相続人でない人に遺贈している場合、その人が遺贈を放棄しない限り、その財産は協議の対象から外れます。受遺者は遺言者の死亡後いつでも遺贈を放棄でき、放棄は死亡の時にさかのぼって効力を生じます(民法986条)。財産の全部や割合で遺贈を受けた包括受遺者は相続人と同じ権利義務を持つので(民法990条)、協議の当事者に加わります。
- 遺言執行者がいるか:遺言執行者がいる場合、相続人は遺言の執行を妨げる行為ができず、違反した行為は無効とされます(善意の第三者には対抗できません。民法1013条)。相続人だけで先に進めず、遺言執行者に事情を伝えて進め方を確かめます。
| 確かめること | はい | いいえ |
|---|---|---|
| 相続人全員が同じ分け方に合意 | 次へ | 遺言の内容で手続き |
| 遺言に分割禁止の定めがない(または期間が過ぎた) | 次へ | 禁止期間中は協議で分けられない |
| 相続人以外への特定遺贈がない(または受遺者が放棄・同意) | 次へ | 受遺者の同意なしには動かせない |
| 遺言執行者がいない(またはいる場合は事前に相談した) | 協議書を作って分ける | 先に執行者へ相談する |
遺言で財産を受け取る人が「もらわなくてよい」と言っている場合でも、口頭のやりとりだけで済ませず、遺産分割協議書に全員が署名し実印を押す形にしておくと、銀行や法務局で使える書類になります。
遺言執行者がいる場合・相続人以外への遺贈がある場合の注意
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため相続財産の管理その他一切の行為をする権利義務を持ち、遺贈の履行は遺言執行者だけが行えると定められています(民法1012条)。遺言執行者が指定されている遺言で、相続人だけが集まって別の分け方を決め、先に名義を変えると、手続きが止まったり、後で争いになったりするおそれがあります。
そのため、遺言執行者がいるときは次の順で進めます。
- 遺言執行者に、相続人全員が遺言と違う分け方を望んでいることを伝える。
- 遺言執行者が専門家(弁護士・司法書士など)なら、遺言と違う分け方で手続きを進められるか、必要な書類は何かの説明を受ける。
- 説明を踏まえて、遺産分割協議書を作るかどうかを相続人全員で決める。
遺言執行者への連絡の例:「相続人全員で話し合い、遺言の内容と異なる分け方で合意したいと考えています。進め方についてご相談の時間をいただけますか。」
相続人でない人(例:孫、子の配偶者、内縁の配偶者)や団体への遺贈がある場合は、その受遺者の意思が先です。受遺者が遺贈を受けると決めたら、その財産は受遺者の同意がない限り、相続人だけの協議では動かせません。受遺者が放棄すると、その財産は相続人の間で分ける遺産に戻ります。遺言執行者の役割と選び方は遺言執行者とは?指定された人の役割で詳しく扱っています。
遺言書と遺産分割協議書の併用:3つの形
遺言書と遺産分割協議書は、どちらか一方しか使えないものではありません。実際の相続でよくある併用の形は次の3つです。
| 形 | 場面 | 遺言書で手続きするもの | 協議書で手続きするもの |
|---|---|---|---|
| 一部だけ遺言 | 遺言に自宅と一部の預金だけが書かれている | 遺言に書かれた財産 | 書かれていない財産(他の預金、株、車など) |
| 後から見つかった財産 | 遺言の作成後に増えた財産や見落としていた財産がある | 遺言に書かれた財産 | 見つかった財産だけを対象にした協議 |
| 全員の合意で分け直す | 遺言の内容を全員の合意で変える | (使わない部分がある) | 合意した分け方のすべて |
一部だけを協議で分ける場合は、協議書の冒頭に「被相続人の令和〇年〇月〇日付け遺言書に記載のない次の財産について、次のとおり分割する」と対象を限定して書くと、遺言と協議書の範囲の重なりを防げます。協議書の書き方の基本は遺産分割協議書の書き方とひな形にまとめています。
協議書の書き出しの例:「被相続人〇〇(令和〇年〇月〇日死亡)の遺産のうち、同人の令和〇年〇月〇日付け自筆証書遺言に記載のない財産について、共同相続人全員で協議した結果、次のとおり分割することに合意した。」
法務局は、登記手続ハンドブックを「遺産分割協議編」「相続人に対する遺贈編」などに分けて公開しています。不動産ごとに、遺言で名義を変えるのか、協議書で変えるのかを決めて、それぞれの記載例を使います。
税金と期限で見落としやすいこと
遺言と違う分け方をしても、相続税の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)は変わりません。分け方の話し合いが長引くと、配偶者の税額軽減など、分割が決まっていることを前提にした特例の扱いに影響します。申告期限までに分割できないときは、申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添えておくと、期限から3年以内に分割した財産が税額軽減の対象になります(国税庁 No.4158)。期限の全体は相続の期限一覧で確かめてください。
贈与税については、国税庁の質疑応答事例に、全財産を三男(相続人)に包括遺贈する公正証書遺言があったが、相続人全員の協議で妻と三男が2分の1ずつ取得した例が載っています。回答は、受遺者が包括遺贈を事実上放棄して共同相続人の間で遺産分割が行われたとみて差し支えなく、原則として贈与税の課税は生じない、というものです。ただし、遺言どおりにいったん名義を変えた後に分け直す場合など、事例の前提と違う場面では課税の扱いが変わりうるため、税理士に事実関係を伝えて確かめます。
なお、遺留分を持つ相続人が遺言に不満を持っている場合、全員の合意で分け直すのか、遺言のとおりにして遺留分の請求で調整するのかは、選び方が分かれます。遺留分との関係は前の記事遺言書があっても遺留分は請求される?で扱いました。遺言を作る側から見た書き方の例は、次の遺言書の書き方の例文集で家族構成ごとに示します。
よくある質問
Q. 相続人の一人だけが遺言どおりを望んでいる場合はどうなりますか?
遺言と違う分け方は全員の合意が前提なので、一人でも反対すれば遺言の内容に沿って手続きを進めることになります。反対している人を説得したり条件を詰めたりするのは当事者同士の話し合いで、まとまらないときの法的な見通しは弁護士の判断領域です。
Q. 遺言と違う分け方をすると、相続税とは別に贈与税がかかりますか?
国税庁の質疑応答事例では、全財産を相続人の一人(三男)に包括遺贈する遺言があっても、相続人全員の協議で遺言と違う分割をした場合は、受遺者が遺贈を事実上放棄して共同相続人で分割したとみてよく、原則として贈与税の課税は生じないと説明されています。ただし事例は特定の事実関係を前提にした回答なので、名義変更の済んだ後に分け直す場合などは税理士に確かめてください。
Q. 遺言に書かれていない財産が後から見つかりました。どう分けますか?
遺言に書かれていない財産は、遺言に「その他の財産は〇〇に」といった定めがなければ、相続人全員の遺産分割協議で分けます。その財産だけを対象にした遺産分割協議書を作り、遺言書と一緒に使う形になります。
出典・参考にした公的な情報
- 民法 第907条・第908条・第964条・第986条・第990条・第1012条・第1013条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 質疑応答事例「遺言書の内容と異なる遺産の分割と贈与税」(国税庁)(国税庁)
- No.4158 配偶者の税額の軽減(国税庁)(国税庁)
- 登記手続ハンドブック(遺産分割協議編・相続人に対する遺贈編)(法務局)(法務省)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。