相続登記と名義変更 / Q&A

相続人に認知症の人がいる場合の相続登記の義務化:対処の選択肢

この記事のもくじ
  1. 相続人に認知症の人がいても、相続登記の義務化には3つの対処がある
  2. 対処1:相続人申告登記で、申し出た人の義務を果たす
  3. 対処2:法定相続分で全員の名義に登記する(1人で申請できる)
  4. 対処3:成年後見人を立てて遺産分割する場合の判断材料
  5. 選ぶ順番と、相続登記の3年に間に合わせる段取り

相続人に認知症の人がいても、相続登記の義務化への対処は①相続人申告登記、②法定相続分で全員の名義にする登記、③成年後見人を立てて遺産分割する、の3つから選べます。①と②は遺産分割の話し合いが要らないので、認知症の相続人がいても進められます。家を誰か1人に継がせたい、売りたいという目的があるときだけ、③の後見が必要になります。まず「登記の義務を果たすこと」と「家の行き先を決めること」を分けて考えるのが出発点です。

相続人に認知症の人がいても、相続登記の義務化には3つの対処がある

認知症の相続人がいて止まるのは、相続人全員の合意が要る遺産分割協議です。意思表示の時に意思能力がなければ、その法律行為は無効になるからです(民法3条の2)。一方で、相続登記の義務を果たすだけなら、全員の合意を前提にしない方法があります。

比較表:認知症の相続人がいるときの3つの対処
①相続人申告登記 ②法定相続分での相続登記 ③後見人を立てて遺産分割
果たせる義務 申し出た相続人本人の義務 登記された相続人全員の義務 分割で取得した人の義務
認知症の相続人の合意 要らない 要らない 後見人が本人に代わって協議する
登記の名義 変わらない(申出人が付記されるだけ) 相続人全員の共有 協議で決めた人
売却・担保 できない(別に相続登記が要る) 共有者全員の関与が要る 取得した人の判断でできる
主な費用 登録免許税はかからない 登録免許税(不動産の価額の0.4%)と戸籍代 後見の申立て費用、その後の後見人の報酬

どれを選ぶかの目安は、「近いうちに家を売る・誰かが継ぐ予定があるか」です。予定がなければ①か②で義務を果たし、本人の状態や家族の事情が変わったときに③を考える、という順番で十分に間に合います。

対処1:相続人申告登記で、申し出た人の義務を果たす

相続人申告登記は、登記官に「相続が開始したこと」と「自分がその相続人であること」を申し出る手続きです(不動産登記法76条の3)。3年の期間内に申し出れば、申請義務を果たしたものとみなされます。法定相続人の範囲や法定相続分を確定させる必要はなく、登録免許税もかかりません。申出先は不動産を管轄する法務局で、オンライン(かんたん登記・供託申請)でも手続きできます。

用意するものは、申出書、自分が登記名義人の相続人であることが分かる戸籍の証明書、住所を証する情報です。申出書に氏名のふりがなと生年月日を書けば住所の証明を省けます。

注意したいのは、義務を果たしたとみなされるのは申し出た本人だけという点です。認知症の相続人の分も申し出るには代理の申出になり、本人からの委任状が要ります。本人が委任の内容を理解できる状態でなければ、この方法で認知症の相続人の分まで済ませるのは難しく、その人の義務は②か③で考えることになります。手続きの細かな流れは相続人申告登記とは:遺産分割がまとまらない時の義務の果たし方で扱っています。

対処2:法定相続分で全員の名義に登記する(1人で申請できる)

相続による登記は、登記権利者が単独で申請できます(不動産登記法63条2項)。法務局の法定相続編のハンドブックでも、複数の相続人のうち1人が申請人になって登記を申請できると案内されています。法定相続分どおりの登記なので、遺産分割の合意は要りません。

さらに、不動産登記法76条の2第3項は、代位者その他の者の申請で登記がされた場合には申請義務の規定を適用しない、と定めています。つまり、元気な相続人が全員分の法定相続分の登記を申請すれば、認知症の相続人を含め、その登記で取得した全員の義務が片づきます。

計算例:母が認知症で、父の家を法定相続分で登記する場合(筆者の計算)
相続人 法定相続分 登記の申請
母(認知症) 1/2 申請人にならなくてよい
長女 1/4 申請人になる(1人で全員分を申請)
長男 1/4 申請人にならなくてよい

配偶者1/2、子2人で残り1/2を等分する法定相続分(民法900条)を当てはめた筆者の計算です。この方法の弱点は2つあります。1つは、登記後の家が母を含む共有になり、売るにも分け方を変えるにも母の関与が要ることです。もう1つは、申請人にならなかった母と長男に、登記識別情報が通知されないことです。共有で登記した後に起きることは相続登記で共有名義にしてよい?兄弟で共有するデメリットと避け方で詳しく扱っています。後で後見人を立てて遺産分割し、法定相続分を超えて取得した人が出たら、その人は分割の日から3年以内に登記を申請する義務を負います(76条の2第2項)。

対処3:成年後見人を立てて遺産分割する場合の判断材料

家を長男に継がせたい、家を売って介護費用に充てたいなど、分け方を決める必要があるなら、家庭裁判所に後見開始を申し立て、選ばれた後見人が本人に代わって遺産分割協議に加わります。令和7年の成年後見関係事件の概況では、申立ての動機(終局した事件総数に対する割合で、複数回答)のうち「相続手続」が25.6%、「不動産の処分」が36.3%でした。

確かめること 内容
申立先・費用 本人の住所地の家庭裁判所。申立手数料の収入印紙800円分、登記手数料の収入印紙2,600円分、郵便切手(額は裁判所ごと)、必要なら鑑定費用
誰が後見人になるか 申立書に候補者を書けるが、選ぶのは家庭裁判所。弁護士・司法書士などの専門職が選ばれることもある
いつまで続くか 遺産分割が終わっても、本人の判断能力が回復するか亡くなるまで続く(現行制度)
利益相反 子が後見人で、自分も相続人として協議する場合は、本人のために特別代理人の選任が要る場合がある(民法860条・826条。後見監督人がいれば監督人が代わる)
家を売る場合 本人が住んでいた家・敷地を後見人が売るには家庭裁判所の許可が要る(民法859条の3)

成年後見の制度は、2026年6月に公布された改正法で、後見・保佐を廃止して補助に一元化することが決まりましたが、この部分はまだ施行されていません。いま申し立てる人は現行の後見・保佐・補助で手続きします。改正の中身と施行の予定は成年後見とは?親が認知症になった時の財産管理と2026年改正の予定で、申立ての書類と流れは成年後見の申立ての流れ:必要書類・費用・審判までの期間で確かめてください。預金の解約など登記以外で止まる手続きは相続人に認知症の人がいる相続手続き:止まる場面と進め方の選択肢にまとめています。

選ぶ順番と、相続登記の3年に間に合わせる段取り

迷ったときは、次の順番で決めると3年の期限に無理なく間に合います。

  1. 相続人と不動産を確かめる:戸籍で相続人を確定し、名寄帳などで不動産を洗い出します。
  2. 家の行き先を急いで決める必要があるかを家族で話す:売る・建て替える・誰かが住み続ける予定と時期を出します。
  3. 予定がなければ①か②で義務を果たす:元気な相続人が自分の分を申し出る(①)か、全員分を法定相続分で登記する(②)。
  4. 予定があれば③を検討する:後見の費用と続く期間を、家を動かす必要の大きさと比べます。司法書士や弁護士に相談するときは、相続人の一覧、不動産の一覧、本人の診断書や介護認定の資料を持参すると話が早く進みます。

なお、法務省は、正当な理由の例として「申請義務を負う相続人自身に重病等の事情がある場合」を挙げています。当たるかどうかは登記官が個別の事情で判断するもので、他の相続人の義務はそのまま残ります。期限と過料の全体は、正本の相続登記の義務化:期限3年・過料10万円以下・相続人申告登記で確かめてください。

よくある質問

Q. 認知症の母の代わりに、子が母の分の相続人申告登記を申し出られますか?

代理人が申し出るには本人からの委任状が要ります。母が委任の内容を理解できない状態なら、子がこの方法で母の分まで済ませることは難しくなります。その場合は、他の相続人が法定相続分で全員分の登記を申請するか、成年後見人を立てる方法を考えます。

Q. 後見人をつけずに、認知症の相続人を含めた法定相続分の登記をしても大丈夫ですか?

法定相続分どおりの登記は遺産分割の合意を必要とせず、法務局のハンドブックでも相続人の1人が申請人になれると案内されています。ただ、登記した後の家は認知症の相続人を含む共有になるので、売るときや分け方を変えるときには、あらためて後見などの手続きが必要になります。

Q. 家族信託を使えば後見人は要りませんか?

家族信託は、財産を託す本人が信託の契約を結べるうちに使う方法です。契約の時に本人の意思能力がなければ契約は無効になるので(民法3条の2)、すでに判断が難しくなった相続人の相続分を家族信託で動かすことはできません。元気なうちの備えとしての使い方は家族信託の記事で整理しています。

出典・参考にした公的な情報

出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。

この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。

相続人に認知症の人がいる相続手続き:止まる場面と進め方の選択肢

相続人申告登記とは:遺産分割がまとまらない時の義務の果たし方

成年後見とは?親が認知症になった時の財産管理と2026年改正の予定

相続登記で共有名義にしてよい?兄弟で共有するデメリットと避け方