生前の相続対策は何から?財産の一覧・遺言・贈与・信託の順番
この記事のもくじ
生前の相続対策は、①財産と相続人の一覧をつくる → ②相続税がかかりそうかを一次判定する → ③遺言で「誰に何を」を決める → ④贈与を使うかを税と遺留分の両面で考える → ⑤認知症への備え(任意後見・家族信託)を決める、の順に進めると迷いません。前の段階で分かったことが、次の段階の判断材料になるからです。ただし⑤は、親の判断能力が落ちると選べる手段そのものが減るため、時間の面では早めに着手します。
生前の相続対策は「何のためか」で手段が決まる
相続対策という言葉は広く、目的によって使う手段がまったく違います。まず家族が何に困りそうかを決めてから、手段を選びます。
| 困りそうなこと | 主な手段 | 決める人・関わる専門家 |
|---|---|---|
| 財産がどこに何があるか分からない | 財産と相続人の一覧、エンディングノート | 親と家族 |
| 兄弟で分け方がもめそう | 遺言(公正証書遺言・法務局での保管) | 親。内容の相談は公証役場・司法書士・弁護士 |
| 相続税がかかりそう | 基礎控除での一次判定、贈与、特例の検討 | 親と家族。個別の税額は税理士 |
| 親が認知症になったら預金や自宅が動かせない | 任意後見、家族信託 | 親と家族。契約書は公証役場・司法書士・弁護士 |
| 実家をいずれ売りたい | 家族信託、遺言、売却の時期の検討 | 親と家族。登記は司法書士、売却は不動産会社 |
一つの家族に複数の目的が重なることもあります。その場合も、①の一覧づくりはすべての目的の出発点になります。
手順1:財産と相続人の一覧をつくり、相続税を一次判定する
最初にするのは、親の財産と、相続人になる人の一覧づくりです。税の判定も、遺言の中身も、信託に入れる財産の選び方も、この一覧がないと決められません。
財産の一覧に書く項目(チェックリスト)
- 預貯金:金融機関名・支店・口座の種類(ネット銀行も)
- 不動産:所在地・名義(共有か)・固定資産税の課税明細書の評価額
- 株式・投資信託:証券会社名
- 生命保険:保険会社・契約者・被保険者・受取人
- 借入金・保証人になっている契約
- これまでにした大きな贈与(相手・時期・金額)
相続人は、配偶者と子が基本で、子がいなければ親、親もいなければ兄弟姉妹です。一覧ができたら、相続税がかかりそうかを基礎控除で一次判定します。基礎控除は 3,000万円+600万円×法定相続人の数 で、遺産の総額(借金や葬式費用を差し引き、相続開始前の一定期間の贈与を加えた額)がこの額以下なら、原則として相続税はかかりません(国税庁 No.4152)。たとえば相続人が配偶者と子2人の3人なら、3,000万円+600万円×3=4,800万円です(筆者の計算)。
国税庁の統計では、2024年(令和6年分)に亡くなった人のうち相続税の課税対象になった人の割合(課税割合)は10.4%でした。かからない家のほうが多いので、「相続対策=節税」と決めつけず、判定の結果で次の手順の重みを変えます。判定のやり方は相続税の基礎控除:3,000万円+600万円×人数で一次判定する方法で、財産の探し方は相続財産の調べ方:預金・不動産・借金を漏れなく見つける照会先一覧で確かめられます。
手順2:遺言で「誰に何を」を決める
遺言は、相続税がかかるかどうかに関係なく、もめごとと手続きの負担を減らす中心の手段です。遺言がなければ、相続人全員で遺産分割協議をして合意する必要があります。
今(2026年10月時点)使える主な方式は次の3つです。
| 方式 | つくり方 | 費用の目安 | 家庭裁判所の検認 |
|---|---|---|---|
| 自筆証書遺言(自宅で保管) | 全文・日付・氏名を自分で書き、押印する(民法968条) | ほぼかからない | 必要 |
| 自筆証書遺言(法務局で保管) | 上と同じ方式で書き、法務局に保管を申請 | 申請1件3,900円 | 不要 |
| 公正証書遺言 | 公証人が作成。証人2人が立ち会う | 財産の額に応じた公証人手数料 | 不要 |
2026年6月に成立した民法の改正で、自筆証書遺言の押印を任意にすることや、パソコンで作れる「保管証書遺言」の新設が決まりました。ただし施行は政令で定める日からで、今はまだ施行前です。今書くなら、押印を含む現行の方式で書きます。 方式ごとの違いと改正の予定は自筆証書遺言と公正証書遺言の違い:費用・検認・2026年改正の比較表で比べています。
遺言を書くときに考えておきたいのが遺留分です。兄弟姉妹以外の相続人には遺留分があり、遺言で取り分をゼロにしても、相続が始まった後に金銭で請求されることがあります(民法1042条・1046条)。
手順3:贈与は「税」と「遺留分」の両方から考える
生前贈与は、財産を早めに移す手段であると同時に、税と相続人どうしの公平の両方に影響します。使う前に次の3点を押さえます。
- 暦年贈与と加算期間:受け取る人ごとに年110万円までは贈与税がかかりません。ただし相続で財産を取得する人への贈与は、相続開始前の一定期間の分が相続税の計算に足し戻されます。加算期間は、相続開始が2026年12月31日までなら3年で、2027年1月1日以後の相続から段階的に延び、2031年1月1日以後は7年になります(国税庁 No.4161)。
- 贈与は契約:贈与は、あげる人の意思表示と、もらう人の受諾で成立します(民法549条)。子に知らせずに子の名義で預金を積み立てただけでは、贈与が成立していないと見られることがあります。年ごとの贈与契約書と振込の記録を残します。
- 遺留分の計算に入る贈与:相続人への贈与は相続開始前10年以内の、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本としての贈与が遺留分の計算に入ります(民法1044条)。特定の子だけに住宅資金を出すなら、ほかの子への説明や遺言での配分も一緒に考えます。
暦年贈与と相続時精算課税のどちらを選ぶか、不動産を贈与するかといった判断は、親子それぞれの財産と収入で結論が変わります。制度の比べ方は生前贈与のやり方:方法の選び方・手続き・相続税との関係で、遺留分との関係は生前贈与と遺留分:何年前の贈与まで遺留分の計算に入るかで確かめられます。
手順4:認知症への備えは、判断能力があるうちに決める
法律行為をした時に意思能力がなければ、その行為は無効です(民法3条の2)。贈与・遺言・信託契約・任意後見契約は、どれも親本人が内容を理解して結ぶ必要があります。認知症と診断されたら直ちに何もできなくなるわけではありませんが、症状が進むほど選べる手段が減っていきます。
| 手段 | いつ結ぶか | できること | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 任意後見契約 | 判断能力があるうちに公正証書で | 判断能力が落ちて家庭裁判所が任意後見監督人を選んだ後、契約で決めた範囲で子などが代理する(任意後見契約法2条〜4条) | 監督人が選ばれるまで効力が生じない |
| 家族信託 | 判断能力があるうちに信託契約で | 子などの受託者が、契約で定めた目的に従って財産を管理・処分する(信託法3条・4条・29条) | 身の回りの契約(介護・入院)の代理はできない。契約書と信託の登記は専門家が担うことが多い |
| 法定後見(今の成年後見) | 判断能力が落ちた後に家庭裁判所へ申立て | 後見人が本人のために財産を管理する | 東京家庭裁判所のハンドブックは、相続税対策を目的とする贈与等も原則として認められないと説明している |
成年後見は、2026年6月成立の改正で後見・保佐を廃止して補助に一元化することが決まっていますが、施行前です。今申し立てる場合は現行の後見・保佐・補助で手続きします。改正の中身は成年後見とは?親が認知症になった時の財産管理と2026年改正の予定にまとめています。
家族信託は、親が元気なうちに「自宅をいずれ売って施設費用に充てたい」「預金の管理を子に任せたい」といった目的がはっきりしている家で検討されることが多い手段です。仕組みと向いている家の見分け方は家族信託とは?親の財産を子が管理するしくみと向いている家で説明しています。
家族信託の相談サービスを使う場合は、信託契約書の作成と信託の登記を、どの資格者(弁護士・司法書士)が担当するのか、費用の内訳とあわせて見積書で確かめます。親に判断能力があるうちでなければ契約できない点、身の回りの契約の代理は任意後見など別の手段が要る点も、比べる前に押さえておきます。どの手段から手をつけるかの全体のチェックは親が認知症になる前にやること:財産・委任・信託の対策チェック表で、生前贈与を誰に相談するかは次の生前贈与の相談先:税務署・税理士・司法書士・銀行の違いと費用で比べています。
よくある質問
Q. 相続税がかからない家でも、生前の対策は必要ですか?
相続税がかからなくても、遺言がないと遺産分割協議が必要になり、相続人の一人が認知症だったり連絡がつかなかったりすると手続きが止まります。税の対策は不要でも、財産の一覧づくりと遺言、判断能力が落ちたときの備えは、税額に関係なく役に立ちます。
Q. 親に相続の話を切り出しにくいときは、どう始めればいいですか?
「税金を減らそう」「遺言を書いて」と結論から入るより、「入院したときに通帳や保険がどこにあるか分からないと困る」と、財産の一覧づくりから頼むほうが話しやすい人が多いです。一覧ができると、遺言や贈与の話題に自然につなげられます。
Q. 家族信託と成年後見は、どちらを選べばよいですか?
親に契約を結ぶ判断能力があるうちなら、家族信託や任意後見を選べます。判断能力がなくなった後は、使えるのは原則として家庭裁判所が関わる法定後見になります。どちらが合うかは、守りたい財産(自宅を売る予定があるか等)と家族の負担で変わるので、[家族信託と任意後見・成年後見の違い](/shintaku-kouken-hikaku/)の比較表で整理してから専門家に相談します。
出典・参考にした公的な情報
- 民法 第3条の2・第549条・第968条・第969条・第1042条・第1044条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- タックスアンサー No.4152 相続税の計算(国税庁)
- 令和6年分 相続税の申告事績の概要(国税庁)
- タックスアンサー No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)(国税庁)
- 自筆証書遺言書保管制度(手数料)(法務省)
- 民法等の一部を改正する法律(成年後見及び遺言の制度の見直し)について(法務省)
- 任意後見契約に関する法律 第2条〜第4条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 信託法 第3条・第4条・第29条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 成年後見人・保佐人・補助人ハンドブック(Q&A)令和7年4月 Q7(東京家庭裁判所)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。